SFM Field Column

東口ヴィレッジ
「I am 新宿」
ヴィヴィアン佐藤の
新宿DIG DUG!

「I love 新宿」、そして「I am 新宿(わたし自身が新宿)」。

新宿のあらゆる深部を知り尽くした非建築家、ドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤が掘る新宿の文化地層。新宿2丁目から歌舞伎町まで、新宿駅東口エリアについて語っていただきました。

ここはなぜ「新宿」と呼ばれるのか。

江戸時代の初め、日本橋を起点に全国へ延びる五街道が整備されたの。まさに最初の日本列島改造プロジェクトね。今の国道20号線は甲州(甲府)へ続くかつての甲州街道で、日本橋から最初の宿場は高井戸宿だったの。でもね、日本橋から4里も離れていて1日じゃ辿り着けなかったのよ。
そこで登場するのが高松喜兵衛を中心とした浅草衆。彼らが幕府に5600両、今で言うとざっと10億円を払って新しい宿場を開いたの。「新しい宿屋街」っていう意味から、「(内藤)新宿」って名付けられたのよ。だから新宿という街は浅草にどことなく似ているのかも知れないわね。
花園神社や熊野神社の例大祭、花園神社酉の市は、浅草の三社祭りや長國寺の酉の市とどこか似ている。戦後には「光は新宿から」のスローガンのもと、わずか終戦から5日目で東口界隈に闇市が立ち並んだの。日本が国家として成り立たない時期に、尾津組などが闇市で食料や生活物資を提供したのよ。その闇の世界で仲間を裏切っていった実在の人物・石川力夫という任侠がいて、彼の人生は渡哲也主演『仁義の墓場』で映画化されて、その墓は今も常円寺にひっそりと佇んでいるわ。
もうひとりの喜兵衛、つまり新宿街会長の鈴木喜兵衛は、新宿に歌舞伎座を移転させようと計画して、今の歌舞伎町の街区を設計したの。移転は叶わなかったけれど、名前だけは「歌舞伎町」として今も残った。迷宮的な路地と中心に広場を配するデザインは、浅草六区を彷彿とさせて、ここでも新宿は浅草とどこか似ているのよね。
私自身も、歌舞伎町でお店をやってたり、ドラァグクイーンとしてクラブのステージに立っていた頃があったの。そのとき渡辺克巳に撮られたことがあるのよ。彼は「流しの写真屋」と呼ばれて、60年代から1ポーズ200円で新宿の街角でポートレートを撮っていた。
写真集『新宿』には、歌舞伎町やゴールデン街、新宿二丁目で撮られた、フーテン、ホームレス、ヤクザ、風俗嬢…新宿に集う個性豊かで、しかしどこか居場所を失った人々が映し出されているの。実在する強烈な個性と存在感を持つ人々。でも同時に、その背景の街の移り変わりもまた主役であって、社会的に貴重な資料でもあるのよ。
10月24日公開の金原ひとみ原作映画『ミーツ・ザ・ワールド』は、居場所を失った若者たちが出会って、生きづらさを乗り越えていく物語。実際に歌舞伎町で撮影されているのだけど、主人公の由嘉里は銀行員でありながら擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛する腐女子。現実には存在しないキャラクターを愛し、存在しない富を扱う銀行で働いているのよね。
彼女たちにとって「新宿」は、果たしてリアリティのある街なのか? それとも「渋谷の次に来るトレンドの街」にすぎないのか…。でもね、渡辺克巳が撮ったあの実在感、存在感。それは今もなお新宿に存在しているの。いまもなお強烈に「新宿」という街の存在はどこの街とも異なり異彩を放ち続けるのだから。


インタビュー音声は、
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新宿歌舞伎町を舞台とした映画『ミーツ・ザ・ワールド』
2025年10月24日(金)全国公開
配給:クロックワークス
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」制作委員会

ヴィヴィアン佐藤
アーティスト、作家、映画評論家、非建築家、ドラァグクイーンなど。青森県七戸町をはじめとした地域のイベントをディレクションするとともに、日本各地でヘッドドレスワークショップも開催。大正大学客員教授。
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