SFM Field Column
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HIMIとTOMMY(BOY)で語る
今を形作る20代の出会いと
カオスな歌舞伎町
今を形作る20代の出会いと
カオスな歌舞伎町
20代 ▶︎▶︎音楽カオスな新宿
東京に生まれ育ち、シンガーソングライターとして、時に役者として自由な感性を表現するHIMIさん。
一方、有名無名を問わず人が絶えず集まる渋谷のセレクトショップ「BOY」を手がけるTOMMYこと奥冨直人さんは、DJや司会、キュレーターなど様々な顔を持つ。
20代のこと、新宿の都市型フェスイベント『SHIN-ONSAI』に出演した二人の音楽観、外から見た新宿のこと、縦横無尽に語ってもらいます。
出会いが感性を広げていく
二人の交流は、10年ほど前にTOMMYさんのお店『BOY』をHIMIさんが訪れたことがきっかけなんだとか。
お互い変わらないよね、と談笑を交える二人に、20代を振り返ってもらいましょう。
でもその前にまずは、年齢の意識、壁について。
HIMIさん(以下:H)「年齢を意識することですか? 僕は全くないですね。 10代の頃から年上の人とも友達感覚で仲良くしてもらってきました。それは振り返ってもよかったことだと思いますね
TOMMYさん(以下:T)「もちろん会社とかは別だと思うけど、世の中はよりフラットになってきている気がします。新宿で飲んでいても、隣の人と年齢関係なく話すこともありますし。ただ一方で、矛盾するようだけど僕が20代のときに同世代の友達ができたのはすごく大きなことでした。 “みんなで上がっていこう” という雰囲気は苦手だったけど、“みんなでいい景色を見られるかも”と思えたからこそ、東京の音楽に夢中になれたんだろうなと」
では、それぞれの20代では、どんなことにエネルギーを注いできたのだろうか。
T:「19歳でお店を任されて、そこからはただただ夢中な20代でした。元々、新宿二丁目にあった古着屋『CANDY』というお店に10代から通っていたんですが、そのお店はクラブカルチャーとファッションを接続させるような先鋭的なお店で、埼玉から1時間かけて通ってでも店員さんから海外の音楽の話を聞くのが楽しかった。その店の社長から声をかけてもらい、19歳でお店を開きました。お店を通じてたくさんの人と出会い、そこからいろんなことが始まっていった。やったことがなくても声をかけられたら、120%で挑む。その繰り返しでしたね。お店だけでなく音楽もそうで、今でも年間300本はライブを観るし、DJも100本近くはやっています。その生活を10年以上続けています」
H:「音楽をやり始めたのは17歳ごろ。でも役者デビューの方が先で、何も分からず飛び込んでみた感じでした。年齢問わず、僕はずっと人との出会いに影響を受けてきたのかなと。内向的だった時期もあるけど、大事にしてきた人やものが20代の今の自分を作ってきた感覚があります。これまでライブもたくさんやってきて、技術的にも内面も成長してる。残りの20代含めて、とにかく今は自分の感覚を純度高く表現したいし、海外への挑戦など動き続けたい。そのために前より考えるようになりましたね」
T:「僕も今では考えるようになりましたが、始めた頃は何も知らないからこその勢いが大事でした。お店をやらないかと声がかかったのが19歳。現実的じゃないなと思いつつも、即決して1カ月というとんでもないスケジュールで準備して始めたんです(笑)。あの時に迷っていたら、全然違う20代だっただろうなと。いま振り返ると、いい選択をしてきたからこそ、いい出会いがあったんだと思いますね」
音楽との向き合い方
片やシンガーソングライターとして、片やDJとして “音楽” は二人の生活にとって欠かせないもの。年齢とともに音楽との付き合い方はどのように変化してきたのだろうか。
H:「幼少期にマイケル・ジャクソンから始まり、親の影響でプリンスやボブ・マーリーなどが好きで聴いてきたけど、今でも勉強になる、かっこいいミュージシャンは時代を問わずいっぱいいます。とにかく声だろうと楽器だろうと、グルーヴしているかどうかが重要で、どんな楽器であろうとその楽器で“歌っている”ミュージシャンが聴きたいなと。とはいえ、聴く幅は確実に広くなる一方で、音楽の聴き方自体は、感覚的にあまり変わっていない気がします。昔から好きなミュージシャンのライブ映像をYouTubeでよく観ていて、そのアーティストの感覚を自分で真似してみるんです。そこから自分だったらこうするな、とか自分流にアレンジしていく」
一方、DJが一つの生業でもあるTOMMYさんの場合は、“楽に”音楽と付き合えるようになってきたという。
T:「歳を重ねるごとに好きな音楽のジャンルが広がって開放的になったし、ある意味より多感になったのかなと。昔は視野が狭くて、“これが今いい音楽だ” って一点集中していました。今は好きなものが雪だるま式に増え続けていて、死ぬまでに好きなもの全部に触れられないことは確実ですね(笑)」
つまるところ二人にとって “音楽” は離れることのない、ずっと好きなものであり続けてきた。
投げ出したり、歩みを止めることなく長く付き合ってきたことは一体どんな意味があるのだろうか。
H:「幼少期から始めた音楽もそうだけど、20代で始めた格闘技も好きなことは続けられています。今はとにかくいろんなことに興味があって、まずは始めてみたいと思ってます。続けられるかどうかは後から考える。続けることが一番難しくて、一番大事だということは親から口酸っぱく言われてきましたね」
T:「10年以上続けてきたからこそ見える景色があるなと。DJなんて20代も面白かったけど特に30代からが面白い。好きな音楽が増えて、表現の方法も増えて、受け取ったものをどう形にするかが自分のすべてになっています。曲はアーティストが生むけれど、それをファンや時間が育てていく。10年経って、録音の段階とは違う次元まで育った曲を感じられる瞬間があるんです。だからこそ音楽が続けられる環境を考えたいし、時間が経つというのは“物事を育てていくこと”なんだと実感しています。お店も同じですけどね」
色々な人がいていい、カオスな新宿
時間帯、エリアごとに様々な表情を持つ新宿という街。
新宿に外からやってくる二人の目にはどんな街として映っているのだろうか。
H:「新宿の中では歌舞伎町にある『THE FOUR-EYED』という友達がやっているセレクトショップによく行きます。学生の頃もよく新宿に遊びに来ていて、他には『伊勢丹』や映画館『バルト9』もよく来ていた思い出の場所ですね。とにかく “カオスで都会” という印象でした」
T:「スポットで言えば、先ほどお話した『CANDY』の他、20代の頃に通っていた『CLUB WIRE』も思い出深いなと。花園神社を通って入る、というその独特なルートもよく覚えてます。そういえば、去年SHIN-ONSAIの出演後、コンビニ前でおそらく60代ぐらいの人たちが昼から酒を囲んでいる光景を見て、これぞ新宿だと思いました。夜に行ってもおじさんやメイドが入り乱れ、視界に飛び込む情報量の多さに“新宿らしさ”を強烈に感じます。新宿は人の感情が渦巻いている街だなと。僕が毎日通る、渋谷のセンター街も賑やかですが、新宿は規模もレイヤーも全く違う。歌舞伎町だけでも面積が広くて、毎日通っている人にはもっと細かい層が見えているんじゃないかな。新宿は、街もそうだけど、理由がバラバラなまま人が集まる “カオス” が残っているのが魅力です。渋谷にも多様性はあると思いますが、最近は特に整理されて、こういう人に来てほしいという方向が強まっている。だからこそ、僕みたいな存在は逆に浮いていく。それはそれで面白いけれど、新宿は違う。僕は勝手に生まれてくるものこそ面白いと思っているけど、新宿はまさにそういう街で、いろんな文化が自然に生まれてくる。そこが楽しみです」
