SFM Field Column

東口ヴィレッジ
寺尾紗穂が振り返る好奇心に彩られた20代と
思い出の新宿御苑

様々な思い出と共に振り返る、20代と新宿の記憶

シンガーソングライター寺尾紗穂さんの20代は、迷いと好奇心に満ちていました。音楽か研究かの選択、デビューと出産、そして一人旅や取材の日々。その傍らには、時折顔をのぞかせる新宿の風景がありました。

迷いの中でも好奇心に導かれて

「20代の前半は、音楽に進むのか、それとも研究の道に進むのか、迷っていました」

そう振り返るのは、シンガーソングライターであり、エッセイストとしても知られる寺尾紗穂さん。大学を卒業した後も、研究の世界に未練を感じながら、一方で音楽への情熱も捨てきれなかった。だが、20代半ばを過ぎるころ、迷いに終止符を打つ。
「デビューが決まり、その後、出産もありました。夢や目標というより、好奇心のままに好きなことをしてきた10年でしたね」

この「好奇心のままに」という言葉は、寺尾さんの20代を象徴している。
子どもが生まれるまでは、中国各地を巡ったり、サイパンを訪れたりと、旅を重ねる日々。そのころ、趣味として始めた取材が、後の文章の仕事につながっていったという。
「サイパンで取材をしていたので、のちに雑誌『真夜中』の編集の方から声をかけてもらったとき、すぐに連載を引き受けられたんです。興味をもったことは何歳であろうと、すぐに調べたり、とりかかるのがいいと思います」

20代で雷に打たれるような“わかりやすい”出会いがあったわけではない。様々な出会いは寺尾さんにとってどれも大切なものだ。
「旅先での出会いはどれも大切ですが、基本的に、20代にかぎらずすべての経験は直接的間接的に作品に反映されています。20代のデビュー初期に星野源さんや映画監督・大林宣彦さんと出会ったことは、一つの転機にはなりましたが、いわゆる音楽仲間はいなかったですね。今につながる人々とは30代で出会った印象があります。稀な例で言えば、当時『Quick Japan』編集長だった森山さんとは今でも本づくりのお仕事をご一緒するなど、長く続いてますね」

キャリア初期に訪れた20代の出産は、寺尾さんにとって大きな節目だったはず。しかし、その受け止め方は意外なほど自然体だ。
「大激変という感じではなかったんです。むしろ道連れが増えたような感覚」

夜泣きもなく、子どもが寝た後に執筆の作業を進められたことや、実家が都内にあったため音楽活動も続けることができた。ただ、世間の視線に違和感を覚えることもあったという。
「母親になって声が変わったとか、曲が変わったんじゃないかとか、そういう言われ方は気持ち悪かったですね」

そんな20代を、今振り返るとどう見えるのだろう。
「プライベート迷走期でした。まあ30代も迷走するんですけど(笑)。でも、表現っていうのは、つまづいたり感情の起伏があるときのほうがたくさん生まれてくるので、その意味ではよかったのかもしれません」


思い出の新宿御苑と断片的な記憶。

20代の頃、新宿とはどんな縁があったのだろうか。
「21歳までは南大沢の大学に通って、そこから3年は駒場だったので、実際によく出かけていたのは渋谷です。好きな映画を観にいくミニシアターも渋谷が多かったですが、 『新宿武蔵野館』には行っていました。でも不思議と新宿御苑には縁があります。高校時代、中国語の授業で先生が御苑近くの『隨園』という中華料理店に連れていってくれたり、自分が高校で中国語を教えていたときに、生徒を連れていったり。さらに、バンドで2005年にデビューした時の最初のレコーディングスタジオも御苑近くでした。離婚のときにお世話になった弁護士の事務所も御苑(笑)。最近は、日本酒を置いている御苑の蕎麦屋さんが好きで行きます」

新宿という街が曲作りなどのインスピレーションになったこともあるという。
「山谷で元土方のおじさんと出会ったころ、新宿ビル群を見て思ったことは『アジアの汗』に結実しています。都庁前や南口にいるビッグイシューのおじさんと、今でもたまに会えたら話をします」

今の新宿と、20代の頃の新宿を比べると「海外ブランドの店が増えていて、日本の経済力の凋落を感じます。でも、形を変えても紀伊國屋や中村屋が残っているのはうれしいです」

そして、これからの新宿への願いをこう語る。
「文化的な街であってほしい。ライブハウス『PIT INN』以外にも生ピアノのある箱がもっとあればいいなと思います」

最後に、これから20代を過ごす若い世代へのメッセージを尋ねると、迷いの多かった自分自身を思い返すように、こう答えてくれた。
「一人旅は若いうちにたくさんした方がいい。音楽や文学、アートの世界なんてプロを目指すのに決まった道はないから、興味を持ったことはすぐにやってみてほしい。今ならブログやSNSでどんどん発信すればいいと思います」

迷走も、寄り道も、無駄ではない。むしろ、その積み重ねが音楽や言葉となって形を持つ。それを文字通り体現してきた、寺尾さんの中には新宿の街角で見た風景や御苑の緑の記憶も、きっとどこかで息づいているのだろう。


20代の頃の寺尾さん

寺尾紗穂
シンガーソングライター、エッセイスト
2007年にデビューし、独自の歌声とピアノで注目を集める。
ソロに加えて、バンド「冬にわかれて」でも活動するほか、執筆や取材も行い、旅や日常や社会を様々な表現方法で描き続けている。
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